スニーカー - 11 / 18, 2020

ナイキ及びアディダスにみるエントリーモデルのすすめ

By Nobukazu Kishi

By Nobukazu Kishi

 現代のスニーカー市場では、世界的なインフルエンサーの手掛けたスペシャルエディションが何より尊ばれている。SNSやリーク情報でその存在が公となり、スニーカーヘッズの物欲が最高潮に膨らんだ頃、正式に発売されるや否や二次流通に舞台を移し、瞬間的に沸騰していた取引価格が落ち着くと共に市場の相場感が形成される、プレミア現象の顕著なパターンだ。とは言え、毎度のことながら、世界中のスニーカーヘッズを熱狂させるキラーコンテンツを作り続けるクリエイティビティや技術には脱帽するしかなく、ほぼ百発百中の成功率を誇るからにはプレッシャーも半端じゃないだろう。

 かたや本稿のテーマに掲げたエントリーモデルは、プレミアとは無縁の真逆な存在。ナイキやアディダスがランニングまたはライフスタイル系の最下層にラインナップする、読んで字の如く入門者向けの廉価版のこと。プレミアどころか大抵ディスカウント価格で販売され、入手経路にも事欠かない、安定のインラインモデルである。その特徴は、ベーシックと言えば聞こえはいいが、要するに最先端テクノロジーとは縁遠い、何の変哲もないナイロンメッシュやシンセティックレザーを採用したコストパフォーマンスの高さに尽きる。あるいは、もっと直截に表現するなら、巷のスニーカーヘッズには見向きもされない量販店向けの汎用品といったところか。

 かつては僕自身も「ハイエンドに非ずんばスニーカーに非ず」を標榜し、1~2世代前のテクノロジーを導入した廉価版など100%スルーしていた。それがいつしかエントリーモデルの存在が気になり始めたのは、恐らくシーズン遅れのインラインを破格値で購入したのがきっかけだったと思う。スニーカー歴の浅い頃からエアマックスにせよエアジョーダンにせよシリーズ最高峰の看板モデルばかり追い掛けてきたが、徐々にスニーカーとの関わりが深まるにつれ、他人と被らないセレクトを最も重視するようになり、誰もが注目するハイエンドだけでなく、スニーカーヘッズの眼中にないエントリーモデルに新たな鉱脈を見出したのだろう。以来、大型量販店に立ち寄っては山積みされた低価格帯のインラインを物色するパトロールを楽しんでいる。

NIKE PANTHEOS

 90年代前期の地味目なランニングシューズ、パンテオンをベースにアップデイトした2017年デビューのインライン、ナイキパンテオスと出逢ったのがまさに東急田園都市線沿線の駅前にある量販店だった。ファーストカラー投入から1年以上に渡って新色を追加してきた長期リリースもエントリーモデルの特徴だが、パンテオスには一概に廉価版と侮れない美しさが宿っていた。台形状のミッドソールが重厚感を醸し出すフォルムはいかにも現代的で、更にナイロンメッシュとスエードとシンセティックレザーを絶妙に組み合わせたマテリアルのコンポ感。レトロランニングの様式美と現代的なフォルムが高次元で融合したハイブリッドデザインは他に類を見ない100%オリジナルだ。にも関わらず、スニーカー市場の反応は皆無。珍しくパンテオスをSNSに投稿していたマニアと意気投合、マイノリティ同士で無聊を慰め合う始末。量販店では売り尽くしの半額セールに晒される日々が続き、こんな状況は絶対に間違っていると思う反面、自分だけがパンテオスの魅力を認識しているという優越感もあり、正直に言えば、自らの審美眼を讃える気持ちが強かった。結果、パンテオスはファーストカラーを含むピンク、ブルー、ブラック、グレーの計4型購入。ビビッドな配色からトーンを揃えたブラック等、いずれもパンテオスの幾何学的なオーバーレイを彩る美色揃いだ。

エアマックスタバサ

NIKE AIR MAX TAVAS

 パンテオスとの邂逅以来、ナイキのエントリーモデルの探索に本腰を入れ始めると、エアマックスの廉価版に意外と面白そうなモデルがチラホラあることに気付いた。たとえば、超軽量フォーム素材のミッドソールにビジブルエアを搭載し、アッパーには熱圧着のオーバーレイを採用したエアマックスタバサは、テクノロジーの進歩と調和を象徴する2014年デビューのインライン。まずシームレスのオーバーレイを素材感の異なるマテリアルで構成したミニマルかつテクニカルなデザインに魅せられ、日本未発売を含む膨大なカラーバリエーションにも驚かされる。

 

エアマックスオケト

NIKE AIR MAX OKETO

 またタバス同様、ヒールに汎用型のビジブルエアを搭載した低価格帯のエアマックスオケトは、シンプルなメッシュ地のアッパーにエアマックス90を彷彿させるヒールのTPUパッチと印象的なスウッシュの演出が際立つ。光沢感のあるメッシュと艶消しソールのトーナルブラックをレーサーブルーのスウッシュで彩った配色に一目惚れ、出張先の大手流通系の全国チェーンにて即買いしたのを思い出す。他にもトーナルブラックとの対比が素晴らしいボルト、グレーとネイビーのシンプルさを極めた配色など、こちらもカラーバリエーションの多様性では一歩も引かない。

 

クレイジーカオス

adidas CRAZYCHAOS

 その後、エントリーモデルの捜索範囲をアディダスに拡げてみると、これが大当たり。まずは公式オンラインストアにて大幅プライスダウンしていた2019秋冬のランニングシューズ、クレイジーカオスを即GET。パーフォレーテッド(パンチング)加工を施した乳白色のレザーアッパーにくすんだブルースエードのオーバーレイ、ヒールには蛍光オレンジの挿し色を利かせ、淡いグリーンのシューレースで締め括ったビビッドかつ繊細な色彩感覚は圧巻。クラウドフォーム搭載のツーリングが日常生活のクッショニングを担って余りあるコンフォートモデルだ。他に見るべきカラーウェイがないのは残念だが、トゥボックスの形状にレトロなフォルムを残したモダンクラシックなスニーカーは、現在のアディダスを象徴するデザインの持ち主。

 

adidas RUN 90S

 次いで2020春夏のランニングシューズより、RUN 90Sなるミクスチャーモデルを発見。かつてマテリアルやディテールの飛躍的な進化を遂げた90年代のランニングシューズを解体し、その特徴的なパーツを組み合わせ、ハイブリッド感あるコンセプトモデルに仕上げたのがこちら。トゥボックスから真っ直ぐ傾斜したフォルムの美しさは抜群だが、ツーリングとアッパーの継ぎ目にクリアラバーを使用する等、デザインの装飾はミニマル。更に、台形状に拡がったミッドソールの現代的なフォルムも見逃せない。個人的にはカラーウェイはやや調整を要するものの、現代のプラットフォームに90年代のデザイン要素を詰め込んだ唯一無二の造形美はエントリーモデル以前の話である。

 こうして近年の購入履歴を振り返ってみても、自分がスニーカーに何を求め、どんな効果を期待しているかが如実に顕れている。あくまで素人の自己分析だが、何より意外性のあるシューズを選ぶ傾向にあり、他人と被ることのない独自性の際立った選択肢に飛びつく傾向あり。誰にも注目されないエントリーモデルの宿命には悲哀を感じるものの、そのバリエーションを躊躇なく揃えるからには自らの感性に信頼を置き、たとえ報われずとも気に病むこともない。むしろ数少ない同志を得られたときには、その喜びも倍増するだろう。また、もともと低価格帯のエントリーモデルを如何に安値で購入するかにこだわっていたのは、限りある資源をいかに有効活用し最大の成果を上げられるか、最小のコストで成果を最大化する方法という個人的なテーマとリンクする。もしこれらのテーマに共感できる読者がいたら、是非エントリーモデルの世界へ飛び込んでみてほしい。僅かな初期投資で楽しめるのがエントリーモデルならでは。